2016年06月

イメージ 1

舌平目のベトナム式煮付け

よろしくお願いします。

おはようございます。気がつけば今年も半分が経過しました。
本日も予定通り、13:00-23:00までと昼夜休みなしで営業します。

イメージ 1

本日は光晴忌という詩人
詩人・金子光晴の1975(昭和50)年の忌日ですが、
この人は東南アジアと少し関係があり、1928年(昭和3年)から
1932年(昭和7年)にかけて旅をしたマレー蘭印紀行という南洋のマレー半島、
シンガポール、ジャワ、スマトラでの見聞を記載した紀行文を出しています。
戦前の東南アジアのことを知るのにはよさそうな一冊ですね。


※本日の記念日です。

ハーフタイムデー
一年も残す所あと半分となる日。

トランジスタの日
1948年のこの日、アメリカ・AT&Tベル研究所のウィリアム・ショックレー、
ジョン・バーディーン、ウォルター・ブラッテンが発明した
トランジスタが初めて公開された。
トランジスタは半導体を用いて電気信号を増幅・発振させることができ、
真空管と同じ働きをしながら小型・軽量・長寿命で消費電力が小さい等の利点があり、急速に普及して行った。

アインシュタイン記念日
1905年のこの日、アインシュタインが相対性理論に関する最初の論文
「運動物体の電気力学について」をドイツの物理雑誌
『アナーレン・デル・フィジーク』に提出した。
当時、アインシュタインはスイス連邦特許局の無名の技師だった。

集団疎開の日
1944年のこの日、東条英機内閣が集団疎開の促進要綱を閣議決定した。

独立記念日 [コンゴ民主共和国]
1960年のこの日、ベルギー領コンゴが独立してコンゴ共和国
(後のザイール、現 コンゴ民主共和国)となった。

夏越の祓,大祓
大祓は、罪・穢れを祓い清める神事で、6月と12月の末日に行われる。

軍隊記念日 [グアテマラ]

それでは本日もよろしくお願いします。

開業時の仕入先は今とはずいぶん違いました。

まずは木津市場。こちらは現在リニューアルされて、
昨年(2015年)当たり久しぶりに仕入で使用しましたが、この初期のころに
ほんの少し使おうとしたものの、ずいぶん遠ざかりました。
結果的にいえば、ロットが大きすぎたのが原因でした。

今の木津市場は経営や体制がずいぶん変わったためか一般の人も含めて
仕入れや買い物が気軽にできるようになっていますが、昔は本当の卸市場
のため、素人的な人は基本的に相手にされない空気がありました。
イメージ 1

実際にこのような光景を目の当たりにしました。
ただ、このやり取りは事実ですが、双方が気の知れた関係であれば
半ば冗談的なニュアンスもあっただけだったのかもしれません。

仮にそうでなくても確かに鮮度が命の生鮮の魚介類に安易に手を触れるという
行為は慎むべきだったのでしょう。

もちろん今の木津市場の雰囲気はこれとは違う(私たちがこのころより慣れた?)
印象ですが、いずれにせよプロの洗礼というかそれだけプロの世界というものは
厳しいものということを印象付けられたことは間違いないです。


次に、黒門市場。ここ最近は外国人観光客を中心に
その場で魚介類を食べられるフードコート的な観光市場になりましたが
かつては、プロなども買いに来るような市場で、現在の木津市場的な
ポジションでした。
イメージ 2
画像の黒門市場の中の「日二会」というエリアはメインの通りから横に出ている
エリアですが、店を始める前の臨時居酒屋りんポー亭の時代からよく利用しました。
初期のころは右手の鶏肉屋さんで鶏肉に加えて卵も仕入れていました。

これは、りんポー亭時代から鶏肉と卵を買う店、野菜を買う店
豚・牛肉を飼う店というのがあって開業後もそれらの店に足を運びました。
鶏肉に関しては非常に高い店もあり一時それを使いました。
しかし、この店は高級割烹や料亭に卸しているほどの肉を使い、
確かにすごい肉だと思いますが、当店のように唐揚げに使うにするととんでも
ない原価となり、小さな肉片で出すことができず悩んだものでした。

台湾食材店にも当時行きました。当時は東南アジア料理店ではなく
世界の家庭料理というポジションでしたのでそれが可能でした。
ビールのお店なのにヨーロッパになぜか触手が行かずにこれらのほうに
行ったのは不思議ではありましたが、店を始める前年(2002年)に
上海で小龍包の研究を飲食チェーンのお店の依頼(シェフが非常勤顧問という立場)
ででやりましたから、そのときの小龍包を食べた思い出が頭によぎり
どうしてもメニューに取り入れたくて、
この台湾食材店で仕入れに行きました。
後に台湾にも行きましたが、最終的にこちらの食材店はなくなってしまいました。

イメージ 3
2Fにあるのが「宝島」という台湾料理店。
かつてはこの近くに食材屋さんを有していて、毎週のように仕入れに行きました。


最後にタイ食材店。今ある食材店はもっと後年にできましたが、
かつては国立文楽劇場のすぐ近くに違う経営者の食材店がありました。
ここにもいつも行くのが楽しみでした。
このお店は、当店が開業当初。
すぐ近くの農業会館の地下に2号店があって、
タイ本国から上座部仏教の僧侶を呼んで「ソンクラーン」という
タイの正月のイベントを行っていて見に行きましたが、
やがてその店は閉店し、やがてこの食材店も閉店
最後に残っていた飲食の店も最終的になくなってしまったようです。

イメージ 4
当時は、タイのフルーツなども外で出していたりして
ここだけ独特な雰囲気がありました懐かしい思い出です。

東南アジアの食材シリーズ。
今回は、当店のグリーンカレーの上に乗っていて、
「これは何ですか?」「食べられるものですか?」と
よく質問を受ける「胡椒」それも生の「生胡椒」について取り上げます。

イメージ 1

コショウ(胡椒、学名:Piper nigrum)は、
コショウ科コショウ属のつる性植物、または、その果実を原料とする
香辛料のことで、インド原産です。

収穫のタイミングや製法の違いで、黒胡椒、白胡椒、赤胡椒、青胡椒
といろいろな種類がありますが、本来の植物としての胡椒は
絵のように、緑色していてぶどうの房のような形をしています。


古代からインド地方の主要な輸出品でした。
紀元前4世紀の初め頃、古代ギリシアの植物学者テオフラストゥスは
『植物誌』の中でコショウと長コショウを考察しています。
コショウは当時から貴重で、取引における高値のさまは、
1世紀のローマにおいて金や銀と胡椒が同重量で交換されたかのような表現
が残っています。

その後も、冷蔵技術が未発達であった中世においては、
防腐剤の役目も果たし、料理に欠かすことのできないものでもあり、
大航海時代に食料を長期保存するためのものとして極めて珍重なものでしたので、
インドへの航路が見つかるまでは、ヨーロッパでは非常に重宝されていました。
十字軍、大航海時代などの目的のひとつが胡椒の入手ともいわれ、
中世ヨーロッパにおいては、香辛料の中で最も高価であり、
貨幣の代用として用いられ、
実際に金と胡椒が同重量で交換したという記録もあり、
ヴェネチアの人々は胡椒をさして「天国の種子」と呼んでいました。

現在ではラーメンなどにも入れる粉状のものをはじめ
香りを楽しむ?ためにミルでつぶすために売られている
乾燥したブラックペッパーやホワイトペッパーも普通に売られていて使いますが、

実はその胡椒を生で使用する料理がカンボジアやタイなどの東南アジアの地域
とかでは、炒め物とかの料理にこの生の胡椒が使用されていたりします。


そしてグリーンカレーにも現地ではこの生胡椒がカレーの上に乗っていて、
これはもちろん食べられるものです。

イメージ 2

実際に生胡椒をかじってみるとわかるのですが、盛り付ける際に取れてしまった
一粒の生胡椒をかじって食べても、直後は非常に辛いです。
でもその後、山椒のような心地よい香りが口の中に余韻として残りますので、
辛いのが得意な人は一緒にかじってみるのもお勧めです。
(苦手な人はやめるべき)

今食通の間で人気を集めている「生胡椒」を塩漬けしたものもあるようですが、
日本のタイ食材屋さんでもこの生胡椒はなかなか置いている所が少なくて、
「たまに手に入ることがあるくらい」ですから入手できたときには、
大量に仕入れて保存し、グリーンカレーで提供しています。


余談ですが、中国では西方から伝来した香辛料という意味で、
胡椒(胡はソグド人を中心に中国から見て西方・北方の異民族を指す)という漢字が用いられ、そのまま日本にも使われました。そして日本には中国経由で伝来し、
天平勝宝8年(756)、聖武天皇の77日忌にその遺品が東大寺に
献納された際にその目録『東大寺献物帳』の中に胡椒(こしょう)が
記載されていました。

イメージ 1

よろしくお願いします。

↑このページのトップヘ