「サワディシンチャオ(旧:東南アジア10か国料理店)」公式ブログ

2021年1月まで存在していた飲食店。店は閉店しましたが事業は引き続き継続します。

2015年12月

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ランチバイキング復活!

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久しぶりなので、手伝ってもらいました。

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おはようございます。 本日から1月3日まで年末年始の営業体制に
入ります。そして本日からランチタイムはバイキングが復活します。
(選べるランチの定食はあります)

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本日の記念日です。

地下鉄記念日
1927(昭和2)年のこの日、上野~浅草に日本初の
地下鉄(現在の東京地下鉄銀座線)が開通した。

取引所大納会
証券取引所での一年最後の立会い。
かつては12月28日だったが、証券業界の業績不振から少しでも営業日数を増やすために大納会が12月28日から30日へ、大発会が1月6日から4日へ変更された。

横光利一忌
小説家・横光利一の1947(昭和22)年の忌日。

それでは本日もよろしくお願いします。

ところが、ここで大きな壁と言うか異を唱える人たちがいました。

それはMの古くからの知人で、飲食などのデザインを考える専門家の人。、

「最初に出す店としては工事費等が高く難しいのでは」

「やはり、居ぬきで郊外でやったほうがリスクが低い気がする」

「本当なら店ではなく、このマンションでパーティを定期的にした

ほうが良いのでは」と、飲食店開業そのものへの疑問をも投げかけられるなど、

やや辛口の意見を聞かされ、少し考えさせられました。

しかし、考えて萎えかけて言るHの横で

Mの考えは違ったようで、飲食店開業の強い思いは変わりませんでした。

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当時働いていた職場が奇しくも心斎橋駅の近く。

倉庫物件の近くでもあったので、昼休みに近隣調査を兼ねて

ランチタイムに、ごはんを食べに行っていました。

辛口の意見はあったものの、そちらからのルートで不動産屋さんからの

FAXが届きました。

その中に気になる物件が出て来ます。

それは、北区西天満にある物件。早速その物件と回りの流れを見ます。

物件そのものは決して悪いものではありませんでした。

路面に面していてわかりやすそうです。しかし気になる点があったのです。

昼間のランチタイムなのに人がいないということ。

やはり人がいないと苦戦を強いられると言う事でここは断念。

直ぐ近くにアーケードの商店街がある

あの博労町の倉庫物件のほうが遥かに魅力的です。

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この物件での条件を確認しました。

一階が飲食店で二階が住居でも可能かどうか・・・

回答は条件付(図面作成)でOKでした。

このことも大きくこの物件に気持ちが移ります。

の時点で80%の確率でここにしようと考えました。


そして残り20%の為に、ある日の正午少し前、

物件の前で待ち合わせたMとHがいました。

このころHはこの物件の近くで働いていましたので、物件の存在を知ってから

ひそかに物件近くのお店のランチの調査をしていました。


ビジネス街とお買い物街が混在するこの場所はお昼になると多くの人が

出てきます。西天満の比ではありません。

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そして路地の前で二人は見ました。すると正午を過ぎたあたりから

その路地に面していた3つのお店に交互に人が吸い込まれていきます。

ある人は一番手前の大衆居酒屋。ある人とは隣の割烹。

そしてある人は割烹の目の前にある洋食屋に・・・・。


「巨大な掃除機に吸い取られているみたい。
         この路地奥には強力なマグネットがある!!」

この物件を取得することを決断した瞬間でした。
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とにかく当時はすごかったですね。

2軒の和食店と1軒の洋食店の吸引力。

やがて洋食店が閉店してからこの路地はかつての勢いは失ってきていますが・・・。


店を開業もしくは2号店などの多店舗展開を考えている人でも

理想の物件と出会うのは本当に困難な事、

知り合いの人も見つけるのに1年近くかかったと言っていました。

(もっとかかるという人もいます)

物件は登場とタイミングで、早い者勝ちと言うのがあります。

見つけても直前に他の人にとられることもあるのです。

ですから、8月下旬の開業決意からたった1ヶ月あまりの9月26日に

理想的な物件を取得(仮押さえ)できたことの素晴らしさは、

早くもこのお店が末永く続いて愛される店になる運命を持っていたのでは

ないかとさえ思いました。

「脱サラして店を持ちたい」「主婦業から一歩進んで自らの店を」

という欲望を持っている人は数多くいるような気がします。

自己実現の欲求と言うものですね。

でも、若いころから修行を積んでいる人はいざ知れず、それまで別の世界

にいて気持ちはあっても実際に行動を起こすとなると

大抵次のところで挫折と言うか理想と現実のギャップの前に話が終わります。

それは経験上、具体的な店舗物件取得と言うところに来た時が多いように思いま
す。

しかし、開業を目指すMとHはその大きな一線を超えて物件取得に向かいます。

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2002年の9月3日。大阪の長堀橋周辺を歩いていたMとHは

一つの不動産屋の広告を見つけました。

「予算がどのくらいかかるかも気になるので

相場を実際に不動産屋に相談しよう」と言うことになり、

その不動産に広告のチラシを持って中に入りました。

「飲食専門で、物件の量を数多く持っています」という不動産屋さん。

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実は物件は物件で一番簡単なのは住居・事務所で

店舗は何かと条件があります。まだ雑貨のほうが条件は低いですが、

飲食になると物件の家主も嫌がる人が多いようで、喫茶店くらいの軽飲食なら

いいけれど、油とかを使う重飲食となると本当に敬遠されてしまいます。

あらかじめ、元飲食店で、装備が残されたままの居抜き物件ならいざ知れず。

何も無いスケルトン状態からの工事だと結構条件が厳しいのです。

ということで、重飲食の可否を含めた居抜きを中心に、

次々物件情報を出してきます。

西区・堀江の不動産業といいながら場所は梅田エリアから難波エリアそして

その近辺の情報が30近くあったのではないでしょうか?

そして直ぐ隣に飲食店街があり、一箇所募集しているからと言うことで

見せてもらうことになりました。7・8坪の小さな店舗は食材を仕入れたら

直ぐにでも開業できそうな雰囲気。

ビールのサーバまで置いていました。

ただ当時考えていたビールを入れる冷蔵庫等の

機器の搬入が困難とわかり、ここは断念することになりました。

でも実際に見ることでいよいよイメージが膨らんできます。

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この飲食街の一軒に当時空き物件があったので最初に見学したところとなりました。

この時、Mは気になる物件があり、それがチラシにも入っていました。

それは大阪市中央区博労町3丁目にあるところ。

ただそれは倉庫の物件で、飲食可と記載していました。

実は飲食店をい開業する中で一つ懸案がありました。

それは「二重家賃」住んでいる家賃に店舗の家賃が発生しますから

結構な費用になり負担が大きいのです。

ですから、理想のお店を開業したものの、「最初の家賃が払えない」となって

3ヶ月以内に撤退してしまうという飲食店は結構多いのです。


ですから余計な経費は避けようと言うことが頭にありました。

実はこの倉庫木造の2階建てなのですがどちらにもトイレがついていました。

つまり、1階を店舗にして2階を住居にすれば、

二重家賃がかからないというのです。
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また家賃も他の物件と比べて極端に安かったのです。

なぜならば車の通行も出来ない本当の「路地奥」

これはずっと後年に間接的に聞いた話ですが、

家主さんはこの土地と建物を親から譲り受けたとはいえ、

バブル景気で、周りにビルが立ち並んでいるものの、

ここはその世界から忘れ去れたかのような行き止まりの木造の倉庫。

路地奥でわかりにくいし、どうしようもない物件と思っていたそうです。


「こんなの誰も借り手がつかないし、不動産屋に出しても無駄だろう」と

思っていた所を「ダメ元で出しましょう」と言われて登場した物件だったそうです。


「隠れ家」と言う意味ではぴったりと言うことで

興味が深まり、不動産屋さんに打診しました。

そして実際に見に行きました。

倉庫物件ですから、当然厨房設備の全く無い

スケルトンの物件でした。

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元々は近くの繊維卸会社の従業員更衣室として

利用されていた倉庫物件

その場合、飲食店ができるための基礎工事等に資金がかかるリスクがありました。

とはいえ、それを割り引いても保証金や家賃が格安であり、

2階部分住居にして二重家賃を抑えればば決して悪くない模様でした。

しかし、1Fに柱が4本支えるためにあるそうですがこれだけが気になりました。
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翌日に行われた臨時居酒屋「リンポー亭」ここでもそれまでの意識と

違いました。オペレーションや料理について、

真剣に話し合いを行い着実に開業に向けて準備が進んでいきます。

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4本柱も、カウンターの設計までは存在に悩みましたが

今となっては、逆に無いと不便と感じるほどになりました。

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よろしくお願いします。

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本日のスープ

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